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    メールマガジン 「語ろうか、手話について」

No. 9 Rev.1                                         2001年11月28日発行
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  皆さん、こんにちは。
  連休も終わり、いよいよ年末年始に突入という雰囲気になってきました。

  私の連休は、なんやかんやで慌ただしく終わり、結局、前回予告していた原
稿(Dproの話)は書けませんでした。申し訳ありません。ということで、再配信
をしようということで、今回から3回連続で、ろう運動関係の記事をお送りし
ます。

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  前回の「徒然埋め草」で「ろう運動にこだわりすぎ」と言いながら、今回
は、そのろう運動についてのお話です。私自身、手話に関わってから10年弱。
ろう運動の話は、ほとんど実体験ではありません。ですから、ろう運動を強調
されると、辟易することもあるのですが、主なものぐらいは知っておいて損は
ないと思います。
  例えば、日本語にしてみても「ちゃぶ台」という単語を、日本で生まれ日本
で育った人と、アメリカで外国語として日本語を学んだ人では、受ける印象が
全然違います。私にしてみれば、ちゃぶ台はひっくり返すものであり、戦後の
日本の食事風景の象徴でもあります。外国語として学んだ人には、単にテーブ
ルみたいなものぐらいの印象しかないでしょう。

  そんなふうに、言葉と歴史はかなり関係深いもので、なかなか無視すること
は難しいものです。そういう意味で、過去のろう運動を知ることは、これから
手話に関わっていく上で有用だとは思います。そればかり強調されると、辟易
してしまうわけですが、今回からご紹介する3つの事件や裁判は、常識として
知っておいた方がいいものだと思います。といっても、私もリアルタイムで経
験したわけではないので、詳細に不備があるかもしれませんが、私程度には
知っておいて損はないだろうということで、ここで語る次第です。補足や間違
いの指摘は大歓迎ですので、どうぞ、よろしくお願いします。

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  3回シリーズの1回目でご紹介するのは「蛇の目寿司事件」です。その名前の
お寿司屋さんには、まったくもってはた迷惑な話だとは思いますが、慣習で、
ずっとこの名称が使われています。
  この原稿を最初に配信したのは、No.9の2000年8月30日のことです。この後
になって、詳しい事情が書かれたWebページを発見したので、私の原稿の出来
の悪さに、なんとも稚拙な自分の原稿を恥ずかしく思ったのですが、興味があ
る方には比較して呼んでもらうとして、今回は恥を忍んで、ほぼ初回そのまま
の原稿をお送りします。

  ちなみに「蛇の目寿司事件」のことが書かれたWebページのURLは次の通りで
す。愛知県の佐橋さんに教えていただきました。深く感謝します。

  http://www3.ocn.ne.jp/~oneyes/kobushiza/pri03.html
  蛇の目寿司事件

それでは、以下、再配信の原稿をどうぞ。

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  さて、今回は予告通り、ろうあ運動を振り返ります。といっても、私自身が
それほど長く生きているわけではないので、最近読んだ本から、主な出来事を
をご紹介します。

  しかし、そもそも歴史を振り返るなんてことは、それなりに知見を持った人
が時間をかけてやることです。人の本を読んで紹介するとなると、伝言ゲーム
のように内容が変化しますし、誤解、曲解が生まれること必死です。学術論文
を書くときに、このような二次資料を元にしたら即破棄、学者失格です。
  そのような恐れがあるにもかかわらず、今回のテーマを選んだのは、まずは
知ってもらうことが大切だと思ったからです。なかなか、この手の話は門外漢
には知る機会はありませんので、このようなメルマガで簡単にでも知ってもら
うのは貴重なことだと考えました。それに今の私は歴史学者でもなく、単なる
手話サークル会員なので、論文が拒否されることもありません。

  そういうわけで、興味のある人は是非、以下の参考文献に当たって下さい。
また、今回は調べ切れませんでしたが、全通研の会報誌やろう協に眠っている
資料、さらに地域で昔から活動している人の話から、さらに理解を深めること
は可能だと思います。取り上げるのは、まだ数十年前の出来事なんですから、
体験として語れる人は、まだまだ現役です。

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  このシリーズは予定では3回続く予定です。
  記念すべき1回目は「蛇の目寿司事件」です。

今回の参考文献は以下の2冊です。
  [1] 五〇年のあゆみ    財団法人全日本ろうあ連盟
  [2] ろう学校の窓から  伊東雋祐 文理閣

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  この蛇の目寿司事件は、私が手話を勉強してから、とても気になっていた事
件です。私の家の近くにも同名の寿司屋があったこともあり、とても気になっ
ていました。この事件とは、全然関係ないことがわかりましたが。

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  では、事件のあらましです。事件自体はごく単純なものです。

  幸いにも、起訴状の一部(公訴事実)が参考文献2に載っていたので引用しま
す。

    被告人両名はいん唖者(編注:聾唖者と同じ)であるが
    第一被告人Sは、
    (一)昭和四十年九月十九日午前零時三十分頃東京都台東区上野六丁目十
        三番の一号飲食店蛇の目寿司において客のO(当二十四歳)に対し同
        人の顔面を手拳で殴打し且つ足蹴にする等の暴行を加え、よって同
        人に対し全治迄十四日間を要する右眼眼瞼皮下出血等の傷害を与え
    (二)同日午前一時五十分頃同所において同店女子店員T子(当時二十歳)
        に対し同人の顔面を平手で一回殴打する暴行を加え第二被告人Kは
        同日午前二時二十分頃同所において同店店主T(当時四十三歳)が被
        告人Sの前記犯行を制止しようとしたことに憤激し右Tの顔面腹部等
        を手拳で殴打し且つ同人を突き飛ばした上同人を両手で抱き上げて
        コンクリートの床に投げつける等の暴行を加え、よって同人を同日
        午後十時五十分頃同区元浅草二丁目十一番七号A病院において右暴
        行に基づく脳硬膜下血腫により死亡させるに至ったものである。

  これが警察が調べた分です。つまり2人の聾者が寿司屋で暴れて店員に殴る
蹴るの暴行を加え、主人を殺害したと言うことのようです。この寿司屋の名前
が「蛇の目寿司」だったので、通称「蛇の目寿司事件」と呼ばれています。店
にとってはいい迷惑なんでしょうけど、通称としてなぜかずっと、この名称が
使われています。

  この起訴状を読む限りでは、当のろうあ者がメチャ悪い奴のような感じで
す。客を殴るわ、蹴るわ、さらに女性店員も殴りつけて、最後には寿司屋の店
主をコンクリートに叩きつけるわ、とまるでプロレス状態です。
  さて、警察の調べだけでは、被告側が不利になるのは自然の成り行き。そこ
で、他の文献も呼んで、当時の様子を想像してみると、次のようなことだと思
われます。

    - 2人の聾者(SとK)が寿司屋で食事をしていた。
    - 当然、2人は手話で話をしている。
    - その様子を見ていた他の客が珍しそうに見ていたらしい。
    - それに気がついた2人が「見るな」と言い(正確には身振りでしょう)、
      そのあたりから話がこじれて喧嘩になった。
    - それを仲裁しようとした店主が突き飛ばされ、頭の打ち所が悪く、次の
      日に亡くなってしまった。

  被告人が聾者というだけで事件自体は、こう言ってはなんですが、なんかど
こかで聞いたことがあるような話です。刑は、だいたい懲役1〜2年、執行猶予
3年というところでしょうか。実際には、1人が懲役4年、もう1人が懲役10ヶ月
執行猶予3年とかなり重い判決を受けています。

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  さて、では一体何がこの事件が聾運動の歴史に残ることになったのでしょう
か? 関係者が注目したのは、まず喧嘩のきっかけが手話であったということ。
そして、この裁判が公平に行われているかという点でした。

  30年も前のことです。手話を使っているだけで好奇の目で見られるような
時代でした。私が手話を始めたのは10年前でしたが、それでも時々視線を感じ
ることはありました。それよりずっとも昔です。障害者差別としての視線が感
じられたのでしょう。喧嘩になった状況もわかるような気がします。

  そもそも障害者への差別意識というものが、ここには表れているような気が
します。障害があることが差別につながるのか不思議に思うようになるまで人
の意識が進んでいたら、このような事件は起きなかったのでしょうけれど、今
でもそこまでにはなっていませんね。

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  もう一つの注目点について、問題になったのは通訳です。裁判では通訳が呼
ばれ、被告人の言葉を日本語に、日本語を手話へと通訳したのですが、最初の
段階でしっかり通訳が出来ているのかどうか疑問に思う場面が出てきました。

  途中から裁判に参加した松本晶行弁護士が次のように述べています。
  [参考文献の2より]

    被告人の供述調書には、たとえぱ「床にボンと落としてやった」と
    被告人が供述しているが如き部分がある。ろうあ者は、日常聴覚を
    通じての生活体験を有せず、「ボンと」落とすという如き擬音語は
    その有する語彙の範囲外にある。従ってかかる擬音語を使用して通
    訳する如き場合は、通訳者は決して供述人の意志を正しく通訳して
    いるものではないことが明らかに推測されるのである。

裁判を行う上では、言葉が正確に伝わっているかが重要です。裁判では、最初
に真実のみを言うことを宣誓します。でも、本人が真実を言っても、通訳が違
うことを言っては意味がありません。公正な裁判を行うための前提が全く成り
立たなくなってしまうのです。

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  この事件より前にも手話通訳をしている人はいました。でも、この事件が
きっかけとなり、裁判という場での正確な通訳について考えられるようになり
ました。これは単に技術の問題ではなく、聾者が公正な裁判を受ける権利、つ
まり人権を守ることです。

  この後、  昭和41年8月16日に大阪で「ろう者の人権を守る会」という団体
が旗揚げされます。これは大阪のある聾者の解雇撤回の運動を進めるために作
られました。また、昭和43年には全通研の前身である全国通訳者会議が福島で
開かれています。

  蛇の目寿司事件は本人達には不幸な出来事でしたが、これをきっかけに本格
的に手話通訳への取り組みが始まり、聾者の人権への動きが始まります。その
意味では、この事件は記念碑的な存在となっています。[1]では、1966年はろう
あ運動元年とまで述べられています。

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  裁判と通訳のことは、いまでも時々問題になります。ろうあ者ばかりでなく
日本にいる外国人にも問題は起きていますし、外国に行った日本人でも起きて
います。

  日本の裁判では、裁判の通訳というと、中国語やアジア諸国の言語の通訳が
多いのだそうです。そのほとんどは買春に絡んだ不法入国とのことで、被告と
なる女性も、ある意味被害者であり、有罪になれは強制送還、無罪になっても
行き場所もなく再び売春させられるような状態だそうで、その人の人生はどう
なることかと、思うような話ばかりです。

  外国における日本人の被害も、最近のニュースで取り上げられていました。
アジアを経由してオーストラリアに行った日本人が麻薬の密輸で実刑を受け、
10年以上、刑務所にいるのだそうです。アジアのホテルに泊まった時にスーツ
ケースをすり替えられ、その中に麻薬が入っていたために捕まったそうです。
そして、オーストラリアの警察での取り調べの時に、通訳が全然役立たずで
あったにも関わらず、陪審員には「日本人->麻薬->やくざ」という連想があ
り、実刑を受けてしまったという話でした。無罪なのは明らかなのですが、当
人達は未だに刑に服している状態です。

  通訳がいかに大切かを思わせる事件はあちこちにあります。果たして、今
も、そしてこれからも、手話通訳はろう者に公正な裁判を受けさせることがで
きるのか。手話に関わる人なら、誰しも心に留めておくべき問題です。

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  次回は運転免許裁判です。では、また来週。

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