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No. 25                                              2000年12月20日発行
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  皆さんこんにちは。忘年会シーズンも佳境となっておりますが、いかがお過
ごしでしょうか。飲み過ぎには気をつけましょう。

  今回は5回区切りの特集である「石川の情報提供施設」その最終回です。手
話サークルの指針は来週最終回予定です。どちらも年内に締めくくれそうで、
私自身は、ほっとしております。でも、締めくくりというか、盛り上がりがい
まいちなので、来年にちょっとした補足をするかもしれません。

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  さて、情提の話は記憶に残る印象順に話をしているために、時間があちこち
にすっ飛んでいます。混乱させてすみません、。あとお話ししていないのは法
人変更と実務班の結成だけですね。他にも色々と細々した話があるような気も
しますけど、記憶が不確かなので省略します。そのうち思い出したらお話する
かもしれません。

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  さて、まずは実務班の話です。情提準備会は県ろう協、通研支部、県サ連の
三者の代表が集まっていたのですが、他にも事務所(県ろう協の職員)から参加
する人もいたりして、だんだん大所帯になっていました。それ自体は意見が沢
山集まるという点でいいと思うのですが、今後、情提を造る際の予算作りや法
人の約款を作るとなると、大人数でわいわいやるよりは、少数精鋭が集中的に
活動する方がいいのではないか、という意見が出てきました。この結果、実務
班が結成されました。
  実務班は準備会内の組織として位置づけられ、ろう協、通研、事務所から今
まで特に中心となった人が参加することになりました。そして、その中に県サ
連は含まれていませんでした。県サ連代表の私にしてみれば、実務班の結成と
いうのは、いつの間にか決まってしまったことで「所詮サークルの人間は蚊帳
の外か」という思いを強くしたものです。
  もっとも、実務班の活動は情勢設置のための改修費の見積もり、新しく作る
社会福祉法人の約款作り、解散する財団法人の財産整理などかなり面倒な仕事
が多かったので、それをやらずにすむという点ではホッとしていたのも事実で
す。今になって、経験のためにやっといた方が良かったかな、と後悔していま
すが。

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  この実務班の結成が正式に決まったのが、1995年6月11日の県ろう協の評議
員会。(情提の活動の主体はろう協なので、全通研、県サ連は役員レベルでの
了解で進むことが多く、事実上、ろう協の承認が活動の正式な進展とみなされ
ることになります。)実務班の作業内容としては、準備会の続きですから、劇
的な変化ということはなかったように思います。この評議員会では、実務班の
こと以外に次の2つの重要な事項が決定されています。

  - 既存建物の中に情報提供施設を設置する。
  - 募金名を石川県聴覚障害者センター設立・運営募金に修正する。

振り返ると事実上、これが情提の具体的な姿が見えたときでした。

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  残る課題は法人の変更です。
  そもそも法人の変更は最初から決まっていたことではなくて、最初は当時の
財団法人のままでいく予定でした。しかし、情提が具体化していくにつれて、
そうはいかなくなっていきます。まず、厚生省が情提の運営は社会福祉法人が
適当という方針を固めたこと。この方針は現在、かなり揺らいでしまうことに
なりましたが、我々が運動している当時は、県との交渉でも情提の運営主体が
社会福祉法人であることは絶対と考えられていました。そこで、新たに社会福
祉法人を設立することだけは、暗黙の了解のうちに関係者の中に浸透していき
ます。

  問題は財団法人です。当時の県ろう協はなぜか財団法人でした。他の法人に
比べて財団法人は活動に格段の自由度があります。自然な成り行きから、財団
を残す方向での模索が始まります。つまり最初に考えられたのは、社会福祉法
人と財団法人の両立です。

  このアイデアにはモデルがありました。ちょっと前に情提を実現した滋賀県
です。滋賀の場合、情提の運営主体として社会福祉法人を設立し、ろう協の社
団法人は情提の支援団体として、そのまま残すという形式を取りました。その
ため、社会福祉法人では難しいと考えられていた運動や事業、募金活動がいざ
というときは社団法人で担えるという自由さを持っていました。

  準備会では、この方式を石川でも持ち込めないかと検討しましたが、結局は
いくつかの理由で断念することになりました。
  まず、人材の不足。2つの団体を作るためにはトップも理事も2つ分必要にな
ります。石川ではとても頭数に余裕がありませんでした。そして、人がいなけ
れば、そこに天下りの余地が生まれます。そうなれば、情提の運営や運動どこ
ろではありません。法人を運営するだけで余分な体力を使うことになってしま
います。しっかり自らの法人を運営するためには頭数的に1つでいっぱいいっ
ぱいでした。
  次に財団を維持する能力が問題でした。なんといっても、募金の委員長が誰
なんだかわからなくなってしまうほど管財能力が弱い団体です。岡光事件もあ
り、これから国や県から補助金をもらって情提を建てようという時に、あまり
そういう弱みを残しておくのはいかがなものか、という流れがありました。

  その後、色々調査した結果、社会福祉法人でも運動面では特に問題がないと
いうことがわかりました。署名運動の矢面に立つことはできないかもしれませ
んが、元々こういう運動は全通研や県サ連との三者でやってきたことです。残
りの2つがしっかりしていれば、運動はできる、というわけです。

  あとはろう協の心意気一つとなりました。強硬な反対が予想され、それをい
かに説得していくのか。これは健聴団体である県サ連に所属する私には、知る
すべはありませんが(でも、少しは知ってますけど)かなり色々と各所で話し合
いが行われたようです。そして、運命の1996年8月の臨時評議員会で県ろう協
の財団法人から社会福祉法人への転換が決定します。

  財団法人にしても、新しい社会福祉法人にしても、主務(監督)庁は県(の福
祉課)です。我々にとって、この決断は県への有効なカードとなり、その後の
話はどんどんスムーズに進みます。

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  機関誌「ろうあ石川」で当時の様子を調べてみると、この後の様子は実務班
が詳細を決め、県と交渉し、事が動くというように、あとはレールの上を走る
電車のように物事が進んでいきます。

  - 1997年2月、石川県の1997年年度予算が内示され、情報提供施設整備費と
    して5900万円が盛り込まれます。
  - 1997年11月9日に石川県聴覚障害者協会理事会が開催され、理事、監事が
    決定します。
  - 1997年11月20日、石川県聴覚障害者センター業務開始。
  - 1998年12月14日、石川県聴覚障害者センター開所式。
  - 1998年3月29日、評議員会にて正式に財団法人を解散。4月1日に、この社
    会福祉法人が始動。

  情提の開所と法人の始まりに若干のタイムラグがあります。当初、同時に始
まらないことが懸念されましたが、県から特に問題ないということを聞いてい
ましたので、最終的にこのようなスケジュールになった次第です。

  個人的に残念なことに、情提の開所式の時に私は体を壊してしまい、最後の
現場には立ち会うことはできませんでした。

  その後、1年チョイの間、県サ連の会議などで情提を使いました。その後、
諸般の事情で私は大学を退学し、生まれ故郷の千葉に戻ることになり、今に至
ります。振り返ってみると、あまりたいした活動はせず、でも、行政交渉の現
場に立ち会わせてもらうなどいい所は見せてもらい、準備会の活動は私にとっ
て貴重な体験となりました。何よりも、運動により何かを作り上げていく過程
を経験できたことは、私自身に良い影響を与えることになりました。あまり市
民運動になじみのない私でしたので、行政交渉というのが、いまひとつよくわ
かっていませんでした。私も普通の大学生並に左かかった思想を持っていまし
たから、政府がやることは全部悪い、民主主義万歳という考え方を持っていま
したし、大学4年の頃には共産党の下部組織である民主青年同盟(通称:民青)に
ちょっと顔を出していた頃もあります。
  それが、準備会の活動を通して、かなり是正されました。すでに、県ろう協
と県の福祉課の間は対立関係ではなく、かといって強い協力関係があったわけ
でありませんが、ある種の連帯感がありました。その中で、法律で規定されて
いるからと声高に強行に主張するのではなく、かといって卑屈になるわけでも
なく、要求すべきところはして、お互いに妥協点を探り合っていく。そういう
姿勢に世の中の動きを勉強させられた次第です。役所の人間も市民をいじめる
ことが目的ではなく、むしろ市民から預かった税金をやりくりして一生懸命職
務を果たしているに過ぎません。そういう人達をむやみに批判しても的外れだ
し、何も生み出しません。少なくとも地方公共団体相手には、グリーンピース
のような過激な手法は意味を成さないし、民青のように言うだけでは何の役に
も立たないことを学びました。

  運動もむやみやたらにやっても効果はなく、しかるべき所へタイミング良く
話を持っていくこと、そのための情報収集の重要性を痛感しました。交渉先は
必ずしも1つではないこと、そして交渉には知識が必要なこと。本業に何の関
係もないのに福祉小六法を読んだり、法人化について調べたりしました。たぶ
ん、この知識が役に立つことはないでしょうけど、私自身の世界が広がったの
は得したなぁ、と思います。

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  さて、今はだいぶ落ち着いていますが、開所式が終わってしばらく後の県サ
連事務局会議でこんな話が出ました。「あのカレンダーには、総合センターの
建設、って書いてあるよね。情提と総合センターは違うと思わん?」そう、目
標はまだ達成されていないのです。先日、その総合センターのために、どんぐ
りの家の上映会利益も寄付したぐらいですから。総合センター、そして聾者の
ための老人ホームと、まだまだ石川県のろう運動は進んでいくようです。

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  来週は今年最後の「語ろうか」です。(増刊号がなければ)
  では、また来週会いましょう。

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