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             _/_/ メールマガジン 『語ろうか、手話について』   _/_/
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No. 46                                              2001年 5月16日発行
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  皆さん、こんにちは。

  No.50からの件ですが、心配を気遣ってもらうメールを頂きまして、大変あ
りがたいく思います。でも、あまりそう深刻な話ではないのでご安心下さい。
単純に時間が足りなくなってきて「語ろうか」のペースダウンを考えていると
いうことです。その穴を埋めていく原稿が集まれば嬉しいのですけど、それは
それ、これはこれ。機会や縁がなければ、それまでさ、と自覚していますので
皆さんには今後ともよろしくお願いします。ただ、全国の700名以上の手話に
関心を持っている人に読んでもらえる、この媒体は、なかなか貴重ではないか
とおもいます。このメディアを使ってみたいという人は、是非ご投稿下さい。

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  では、今回はちょっと間が空いてしまいましたが、No.43の続きである脳の
話です。

  本格的な手話と脳の話にはいる前に軽く脳についておさらいしておきましょ
う。図がないとわかりにくい人は以下のURLを参考にして下さい。

  http://www.iamas.ac.jp/~kijima/HumanInterface/5/brain/

  脳は頭の中にある臓器で、だいたい手をげんこつにして2つあわせたぐらい
の大きさです。普通の人で重さは体重の2%ということで、男性なら1.4kg、女
性なら1.2kg程度というところでしょう。脳は単体の臓器ではなくて、それ自
体は俗に「脳細胞(シナプス)」と言われる神経細胞の集まりです。だいたい
150億個ぐらいあって、生後2年目ぐらいからだんだん減っていきます。減ると
言っても、単純になくなるのではなく、必要な部分を削っていくような感じで
す。例えば、荒れ放題の庭が幼児の脳だとすれば、雑草を抜いたり、枝を刈っ
たりして綺麗に手入れをしたのが大人の脳と言えそうです。たまに重要な枝を
刈ってしまったりすると物忘れということになったりするのでしょう。アルツ
ハイマーはその典型例で、異常に脳細胞が減ってしまうために、発症する物忘
れや奇行です。

  しかし、減るのは細胞の数です。大人になっても脳は発達します。というの
も、シナプス自体は発達し、からみあっていくことで、脳は情報を記憶、処理
していく構造を作っていくからです。先の例ならば、これは庭を手入れするよ
うなものです。定説によれば、脳の出来、不出来は細胞の数よりは、この構造
が重要だろうと言われています。

  さて、高校の生物では(えらい昔の記憶ですが)脳は大脳、小脳、脳幹、脊髄
から構成されると習います。脊髄は背骨の部分。脳幹は大脳、小脳、脊髄をつ
なぐ雑多な部分の総称です。今回はあまり興味がないので、この部分は省略。
  頭の中にあるのは大脳と小脳で、小脳は大脳に包まれるように頭の後ろ、首
のチョイ上あたりにあります。(私は見たことはありませんけど。本にはそう
書いてありました。)小脳は体の機能(筋肉を動かしたり、体温を調節したり)
を司るところで、これも今はあまり興味がないので省略。

  残るは大脳で、これは右と左に半分ずつ分かれた形をしています。俗に左脳
(さのう)、右脳(うのう)なんて言いますね。それぞれの脳はさらにおでこのあ
たりを前頭葉、耳の方を側頭葉、頭のてっぺんを頭頂葉、後ろの方を後頭葉と
呼びます。葉(よう)というのが、脳の「部分」を指すときの特徴的な言い方で
す。この4分類は平面的な場所でしたが、奥行きに関して、外側の新皮質と内
側の旧皮質に分かれます。高校の授業では、理性が新皮質で、動物的な部分が
旧皮質なんて教わりました。

  以上が脳の部分を示すときの呼び名で、このあたりはどうでもいいことで、
この後の話が分かる程度に覚えてもらえれば十分です。

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  今までの脳に関する発見で、最も重要なことは「機能の局在性」です。脳を
細かく見ていくと、シナプスと呼ばれる脳細胞が絡み合い、それらが信号をや
りとりしていることがわかっているのですが、この絡み合い方が人によって全
然違います。
  しかし、不思議なことに、全体的に脳を調べると、人によって共通な部分が
あります。例えば耳の上あたりに手の動きを司る脳細胞があります。目から入
る情報を処理する脳細胞は後頭葉のちょっと奥らしいです。このように脳のあ
る一定の場所に、ある機能があることを「局在性」と言います。

  なんで、そんなことがわかるかというと、実際に頭を開いて、そこに電気刺
激を与えて、手が動いたり、目に何かが見えたりするのを観察したんです。ペ
ンフィールドという人の実験が有名ですが、てんかんの手術ついでに、その人
の了解を得て、頭を開いた時に脳に電気刺激をやって、どんなことが起きるか
調べたのです。その結果、手がぴくぴく動いたり、本人が「ザーとした音が聞
こえます」とか言ったんですね。(手術は局所麻酔だったそうです。脳に感覚
神経はないので、電気刺激を与えても痛くないとのことですが、私はやられた
ことがないので本当かどうか知りません。)1950年代終わりぐらいの話です。
この手術、というか実験はとても話題になりまして、その後、色々な人が電気
刺激の実験を行って、かなり詳細に局在性が判明しました。

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  今では、そんな乱暴をせずに、もっとスマートに調べることができます。代
表的な方法に、PETやfMRIがあります。

  PET(Positron Emission Tomograph:陽電子放射断層撮影法)は、放射線を含
んだ物体を被験者に飲んでもらって、それが脳の中を移動する様子を観察しま
す。すごく単純に言えばX線と同じ原理です。ただ、見るのは骨ではなくて、
血流です。シナプスが活動している所は、血流が多くなるという経験則があり
ます。そこで、体を動かして、血流が多くなった部分をPETで観測し、そこの
部分の脳が活動している、と判断するわけです。ただ、PETは、わずかですが
被爆しているわけですから、あんまり体にいいわけではありません。

  fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的磁気共鳴画像法)は、
水分子の磁気共鳴を利用して観察します。つまり血液の分子を観測する方法で
す。PETに比べると、細かい部分が見えないとか、シャッタースピードは早い
とか、製造会社によっても得手、不得手があり、性能的には色々だそうです。
fMRIは病院で診断に使われますから、見たことがある人も多いでしょう。

  総務省の通信総合研究所には、脳内の磁気を観測する機械があります。一般
的なfMRIは強力な磁石を使って磁気を検知するのですが、通信総合研究所の装
置は、微弱な磁気をそのまま調べるのだそうです。私も外見は見たことがあり
ますが、壁の厚い小さな部屋に厳重に隔離されて置いてありました。参考まで
に通信総合研究所のURLをあげておきます。

   http://www.crl.go.jp/overview/human-j.html

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  ただ、脳の観測については、すごい問題があります。それは、大まかなこと
はわかっているが、詳細はわからないと言うことです。機械の精度が良くなっ
ても、観測と現象を結びつける妥当性の問題があります。先ほど、脳の血流を
観測すると言いましたが、それは本当に脳の活動なのでしょうか? 例えば、心
臓がドキドキしていることだけがわかったとしましょう。それが体を動かした
からか、緊張しているからかを判別するのはどうすればいいのでしょうか? 心
臓の鼓動だけでは難しいものがあります。磁気の場合も同じような疑問がつき
まといます。いずれもシナプスの電気信号を直接観測しているわけではありま
せんから、誤差は絶対にあるはずです。

  脳波の実験について、見聞きすることがあると思いますが、観測の妥当性に
ついてよくわかっている研究者は、リラックスしている人の脳波を測定してア
ルファ波が出ている結果を見ても、

    「リラックスしているからアルファ波が出ている」

とは言いません。

    「被験者をベッドに寝かせてくつろいだ状態にして、脳波を観測したと
      ころ、アルファ波を検出した。」

と言うはずです。注意深く読んで下さいよ。後者の文はリラックスしているこ
ととアルファ波がとても関連深いことを示唆していますが、原因がリラックス
だけだとは断定していないのです。つまり「リラックス = アルファ波」とは
言っていない。リラックスも原因の一つだろうぐらいにしか言っていないわけ
です。で、これが新聞記事とかになると、記者が早合点して

    「リラックス = アルファ波」

になってしまう。科学的な記事ではよくありますが、特に脳に関しては、こう
いう話が多いです。脳波はその最たるものでしょう。

  大学院時代に特殊環境における人間心理を研究している人と雑談する機会が
ありまして、ある時、新しい脳波の測定装置が手に入ったということで、友人
の脳波を見ながら、綺麗なグラフが表示されるのを見ました。その時、その人
が「でも、これが示している事って、こういう脳波が出ているって事だけなん
ですよね」と言ったのが印象的です。

  前述の通信総合研究所にも行った時も、そんなことがありました。そこでは
言葉と脳の働きについて調べていました。でも、とても難しいそうです。なぜ
なら「あいうえお」と言いながら脳磁気を観測して、ある部分が活性化してい
たとしても、それが「あいうえお」と言ったためなのか、それとも、まぶたの
裏を見てしまったためか、たまたまその時お尻がかゆくなったことを感じたた
めなのかを分離するのが難しいそうです。もっと細かく考えれば、言葉を発声
したからからなのか、発声しようとしたからなのか、「あいうえお」に意味を
感じ取ったためなのかが分離できないと言っていました。
  会って、まともだと感じる研究者は、だいたいこれぐらい慎重な意見を語っ
てくれます。

  もっとも、こんなに疑ってばかりでは、研究は進まないので、慎重ではあっ
ても「まぁ、血流が脳の局在性を示しているだろう」と考えています。私も血
流や磁力が脳の活動を示しているという仮定は正しいと思いますけどね。でも
それは心の奥底に置いておきます。

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  もう少し、脳の機能をわかりやすく観測する方法があります。失語症や脳性
麻痺の人の脳を調べるわけです。症状と比較すれば、上記の観測上の仮定は必
要なくなります。でも、被験者の同意を得るといった倫理上の問題が出てきま
す。普通の実験でも、被験者から同意書を取ったりしますが、脳が機能してい
ないというのは、一般に病気ですから、実験の必要性を説明するのも普通より
はずっと難しいでしょう。

  昔は、ロボトミーなんてのがありました。脳の一部を切除することです。乱
暴な人の前頭葉を切除して、おとなしくするなんてことをやってました。今で
は人権問題とかで建前上は行われていないそうです。

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  さて、いよいよ手話と脳の話。

  手話から見て、脳のどこに興味があるかといえば「言語野」です。これは脳
で言語を扱っている部分です。機能局在性は言語や感覚にもあることが知られ
ています。もし、手話が言語野で処理されていれば、手話は言語である、と医
学的に証明できるわけです。もし、身振りなら、言語や以外の部分が動いてい
るでしょう。

  では、言葉は脳のどこの部分で動いているのでしょうか。ウェルニッケとい
う左脳の後頭葉寄りの部分が機能していないと失語症などの言葉関係の病気に
なることが知られています。このことから、このあたりに言語機能があるので
はないかと考えられています。

  このことについて述べた本があります。
  「手は脳について何を語るか - 手話失語からみた言葉と脳」
      Howard Poizner, Edward S.Klima, Ursula Bellugi 著
      河内十郎 監訳、石坂郁代, 増田あき子 訳
      新曜社  4200円+税

  この本は失語症の患者の脳を調べた結果について述べられています。それに
よれば、ある意味がっくりなんですが、ごく予想通りの結論が述べられていま
す。それは、「音声言語の失語症患者と同様の脳の障害を負っている聾者は、
手話において失語症の症状が見られる」つまり、失語症から見ると、手話も言
語であるという結論です。
  しかし、身振り要素が全くないのかと言えば、それは微妙です。この本では
空間の使い方について、言語的なもの、非言語的なものを分類し、脳のダメー
ジにより、空間的な使い方の障害も一致したといいます。
  私は、対象者数が少ない(6人)ことと、それから空間使用の言語的なものとそ
れ以外の分類にはバイアスがあるような感じがしていて、身振り要素がないと
いう判断は微妙と感じています。

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  聾者は元々全人口に対して少ないわけですし、失語症患者となればもっと少
ないわけですから、研究の進展はあまり期待できませんが、たぶん、将来的な
結論はこうなるでしょう。「手話は言語野に関係し、そして少々画像情報領域
野にも関係している。」と。これで十分だと思います。現状では、これ以上、
知っても意味がありませんから。

  最後に。よく「ぼけ防止に手を動かせばいい。」なんて話がありますが、こ
れは、ある意味、真実であり嘘でもあります。脳の研究が暗示していることは
「脳には局在性があり、使った部分が発達する」ということです。手を動かし
て維持できるのは、手を動かす機能でしょう。手話で手を動かしても、あんま
り(全然とは言いませんけど)ぼけ防止にはならないでしょう。ぼけを防止する
ためには、意識に関係する部分を鍛えた方がいいと思います。それがどこか、
まだわからないのが今の脳科学なんですよね。将来に期待しましょう。

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  ほとんど手話に関係ない話になってしまいました。来週は、だいぶ様変わり
しますので、ご期待下さい。

  では、また来週。

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