___________________________________ pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_p メールマガジン 「語ろうか、手話について」 No. 47 Rev.1 2001年12月 5日発行 pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_p  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ みなさん、こんにちは。今年は殺人やらテロやら不幸なニュースが多い中、 ようやく皇室関係でおめでたいニュースがでてきました。少しは世間も活気づ くといいのですけど。 さて、前回は、ろう運動の過去の記事を3回シリーズで送りますと言ってい たのですが、ちょっと考えた結果、少し変更します。今回はNo.47の再配信 です。この事件は、通称が特にありませんので、私が勝手に「岡山黙秘事件」 と呼んでいます。 これも「蛇の目寿司事件」のように、ろう者が裁判を受けるときの情報保障 が注目された事件です。ですが、事情が少し変わっているので、同じ視点では 論じられないのですが、司法関係と言うことでまとめてみました。残りの「運 転免許裁判」と「民法11条改正」は行政関係、そしてうまくいけば立法関係と して参政権の問題を取り上げてられればなぁ、と考えています。それで、今年 の「語ろうか」は終了です。特にお正月だから休むことは予定していませんけ ど、疲れてサボるかもしれません。そのあたりは御了承下さい。 それでは、以下、再配信の原稿をどうぞ。 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< さて、前置きの2つ目。 最近(注:2001年5月当時)、物騒な殺人事件が多いような気がします。推理ド ラマの中ではお金持ちや恨みつらみで殺される事件ばかりですが、最近の事件 は、何の前触れも、動機もなく、縁もゆかりもない人が突然殺されてしまうの が怖いですね。 聴覚障害者関係でも、不幸なニュースがありました。少し振り返っておきま す。 日本聴力障害新聞が珍しく追跡記事を書いているのが、神奈川で起きた幼児 虐待事件。近頃、ドメスティックバイオレンス(DV)という用語と共に家庭内暴 力、虐待が目を引いていますが、この事件では神奈川県相模原市在住の夫婦が 長女(3歳)を虐待死させたとして逮捕されました。原因はまだよくわかりませ んが、幼い命が無碍に失われた痛ましい事件でした。 もう一つはお年寄り。2月1日、東京都江戸川区の都営住宅で、聴覚障害を持 つ64歳の女性が殺害されました。E-Mailのニュースで、被害者が最後に「男」 の手話をしていたということで、関係者の関心を引いたのですが、逮捕された のは、19歳の少年でした。「また、若者か」という印象もさることながら、そ れ以上に驚いたのは、その少年の言葉で、「金を奪おうとして声をかけたが、 反応がなかったのでカッときて殺した」とのこと。返事をしないだけで殺され るってのは怖い話です。聴覚障害者にしてみれば、他人事とは思えないでしょ う。 最後にちょっといい話。連休中に千葉県の四街道で火事がありました。11人 もの人が亡くなった痛ましい事件ですが、朝日新聞に寄れば、助かった人のコ メントで「隣で寝ていた耳の聞こえない人を起こして共に逃げた」というもの がありました。幸運にも助かった聴覚障害者がいたようです。世の中、捨てた もんじゃないな、と思わせるコメントでした。 亡くなった方々のご冥福をお祈りしつつ、今日のテーマに入ります。今回、 語るのは、ある窃盗事件です。 ---------------------------------------------------------------------- 伊東雋祐先生の著作集「私の手話行脚」(文理閣、1700円+税)を読んでいた ら、岡山裁判のことが出てきましたので、今回はこれを取り上げます。被告と なる人が亡くなってしまったので、真相は全く闇の中となりつつある事件です が、TBS系列で放送されている「報道特集」でも放送されたことがあるので、 ご存じの方もいるでしょう。私も、そのテレビを見ていて知った事件です。名 称は、特に定まったものがあるわけでもないのですが、とりあえず「岡山黙秘 事件」と呼ばせていただきます。今回の「語ろうか」は先の文献(以下、文献) と、TBSの番組(以下、番組)をたまたま録画していたのを見ながら作っていま すが、若干食い違いがあるので、できるだけ本当らしい部分を抽出して書いて います。詳しい資料がある方はご連絡を下さい。 岡山黙秘事件は、聴覚障害者が窃盗の容疑で逮捕されたところから始まりま す。聴覚障害者である森本さんは、仕事先の鉄工所で600円を盗んだとして逮 捕されました。昭和55年(1980年)8月のことです。番組では、余罪の件につい て言及されず600円ばかりが強調されていましたが、文献によれば、余罪もあ るとされ、検察は計11件、総額21万円の窃盗事件として起訴しています。 番組にならって、以下、被告のことを「おっちゃん」と呼ばせていただきま す。おっちゃんは本籍が瀬戸内のある島にありますが、文献によれば生まれは 名古屋だそうです。1935年生まれで、まだ幼い時に岡山に転居。岡山聾学校の 女性教諭が家でブラブラしているおっちゃんを見ており、小学部へ入学するよ う親に働きかけたそうです。しかし、おっちゃんは集団生活になじめず、ある 時、鉄くずを拾って、それを鉄屑屋に売ることを先生にしかられるということ もあり、それがきっかけで不登校児になってしまったそうです。先の女性教諭 が学校に行くように説得しようとすると逃げてしまうという状態で、籍は学校 にあっても実質的には未就学児となってしまったのだそうです。 そして、おっちゃんは年齢的に学校を卒業する年になります。金属加工の工 場に就職しますが、長続きせず、その後、職を転々とし、浮浪生活を送ること になります。そして事件が起きます。裁判では鉄工所の事務員が「本人が取っ たというのなら、そうでしょう」という曖昧な証言をしており、事件自体も不 明瞭です。 ただ、その下地はあったようです。おっちゃんは、近所でも結構迷惑がられ ていたようで、たぶん、近所の人も、さもありなん、という雰囲気があったよ うです。その様子は番組でも紹介されており、「玄関に達小便をしたり夜中に 騒いだり迷惑している。」と証言する近所の人が出てきます。自分の顔にモザ イクも入れずに番組スタッフに文句を言っているぐらいです。おっちゃんは、 家に17匹の猫を飼っていたそうですから、悪臭も相当なものだったと想像でき ます。 ---------------------------------------------------------------------- さて、事件ですが、警察は自白調書を元に事件を立件します。そこには「私 が犯人です」というおっちゃんの自白と拇印が押されていました。身振り手振 りの人がそんなに詳しく証言できるのだろうかと弁護人が疑ったところから、 黙秘権の問題が持ち上がります。 黙秘権とは、自分の不利になるようなことは言わなくてもいいという権利で す。言ってもいいし、言わなくてもいい。犯罪を犯して、取り調べを受けた場 合、嘘はダメだけれど、言わないという選択肢があるわけです。警察がきちん と、おっちゃんに黙秘権が伝えたかと言うことが問題となりました。この手順 を踏んでいなければ、とても法治国家とは言えません。 警察は、黙秘権があることをおっちゃんに伝えたと言いますが、話を聞いて いると、どうもうさんくさい。というのも、手話で「秘密/わかる/?」と表現 して、おっちゃんがうなずいたというのが、警察側の言い分です。この事件に 関わった水谷弁護士は「『口に手を当てる』『わかる』『か』という、表現で は、何のことかわからない。言うな、という意味か、黙秘権がある、という意 味か、それとももっと別の意味か。果たして、黙秘権があることが、伝わった のかどうか。」と言っています。 元々、おっちゃんとの意志疎通はかなり難しいものがあります。小学校にも 通わず、手話で友達と話すこともほとんどなかったわけです。ですから、今に なって「黙秘権」「裁判」なんて手話をやっても、通じるわけがなく、その概 念を理解しているかどうか、他人には推し量るしかないのです。番組ではおっ ちゃんに、100円玉を6つ置き「盗む」の手話を表して、○×を聞きますが、ど ちらを聞いてもうんうんとうなずくばかり。裁判では手話通訳者がいましたが それも、あまり伝わっていなかったようです。 ---------------------------------------------------------------------- さて、裁判はゆっくりですが、進んでいきます。まず、1審の岡山地方裁判 所は、公訴棄却。裁判の打ち切りを言い渡します。理由は黙秘権の告知を努力 しただけではすまされないというものでした。 これに検察側が控訴。2審の広島高裁岡山支部では、公訴そのものは有効性 を認めたものの、意志疎通能力を欠いたおっちゃんが判断能力を持っていると は思えないとして、裁判中断の方向が示されます。 法律的には、これはおっちゃんが被告のままであり、敗訴を意味するそうで す。弁護士としては納得できないので最高裁判所に上告します。たぶん、おっ ちゃんは「うんうん」と言っていただけでしょうけど。 1995年に最高裁から通知が来ます。上告の棄却。事実上の門前払いですが、 補足意見がついていました。被告の理解能力に回復の見込みがない場合、裁判 の打ち切りができる、という内容でした。後から、振り返ると、この補足意見 は裁判所の良心だったなと感じます。 さて、差し戻しですから、岡山裁判所での再審理が始まります。45歳で逮捕 されたおっちゃんも還暦を迎えていました。番組によれば、以下のやりとりが あったそうです。 検察: 黙秘権という言葉が通じますか? 通訳: 通じません。 検察: 話しても話さなくてもいい、ということぐらいは通じますか? 通訳: 「ぐらい」ではなく、それが通じないのです。 そして鑑定が行われます。これはおっちゃんが果たして黙秘権を理解できる のかということを調べることです。裁判開始から16年目にして、原点に戻って きたことになります。鑑定には心理学者と手話通訳者が選任されました。鑑定 は半年続きました。その結果は「黙秘権の告知は無理だ」というもの。「黙り なさい」は伝わっても、「黙っていてもよい」は伝わらない、という意見でし た。しかし、補足意見がついていました。それには「言語能力の発達の可能性 はゼロとは言えない」というものでした。 いつも補足意見に振り回されるようですが、鑑定で本人に理解能力の可能性 があると判断されたため、裁判は続行。1997年7月に岡山地裁は「公判手続き は中止。被告人の回復をみるのが適当。最終打ち切りは被告の状況を見て判断 するべき。」という宙ぶらりん状態を決定します。 これに対して、再度、弁護人が最高裁に特別抗告をします。1998年2月に最 高裁は、抗告を棄却。そして、またしても補足意見。裁判の中断は被告人にと どまるものではない、というものでした。 ---------------------------------------------------------------------- 番組では、この事件では裁判が成り立っているのか、という問題を指摘して います。法治国家である以上、法律に従って事を進めます。黙秘権の伝達は重 要事項ですし、そもそも裁判ということをおっちゃんがどれだけ理解していた か。事態を理解していないのに裁判を進めたのは、裁判所のミスではないか、 と指摘しています。 一方、全通研運営委員長であり、この裁判で鑑定人として関わった伊東先生 は別の見方をしています。まず、この事件に聴覚障害者団体が全く関わってい ないこと。聾者としての連帯意識よりも、逆に一緒にされては困るという態度 が見られたことに困惑したと述べています。 もう一つの指摘は、支援者の団体は、金銭的な管理はするけれども、社会で 就労して生活していくということをおっちゃんに促していないことです。伊東 先生は文献の中で次のように述べられています。 ------------------------------------------------------------------ 守る会では所得保障については福祉事務所とすごい交渉をやったりして 支援するのですが、労働となると無関心なのです。Mさんの経緯から、すっ かりあきらめてしまわれているのかも知れません。(中略)でも、結果的に 労働がない暮らしはMさんの発達や、社会とのかかわりをつくるためにも決 して良いことではないと思うのです。私はこのことがとても不思議なこと でした。 ------------------------------------------------------------------ 番組の指摘はとても重要だと思います。私も番組を見ていた時は、法律の不 備ばかりに気を取られ、番組の指摘を「なるほどなぁ」と見ていたのですが、 伊東先生の本を読んで、うなってしまいました。未就学者の問題は、理屈で解 決できないことを痛感させられました。番組のように理屈で割り切ることが果 たしてマスコミとしていいことなのかも考えさせられました。報道特集はとて も良質な番組だとは思いますけど、物の見方は多面的であることを、伊東先生 の著書によって改めて思い知らされた次第です。 伊東先生の言葉を再度引用します。これが、全てを言い尽くしているように 思います。 ------------------------------------------------------------------ Mさん本人は自分のこと、自分と社会の人々との関係については、殆ど わかっていないようなのです。時々年金の授受に行く。一日町を歩いて帰っ てくれば十七匹の猫との暮らしです。何ともあわれに思えてなりませんが 私には何もしてあげられない、虚しさばかりが過ぎていくのです。 ------------------------------------------------------------------ ---------------------------------------------------------------------- 番組で強調されていたのですが裁判後もおっちゃんは被告人のままでした。 おっちゃんは1999年の夏に入院します。その報を受けて、弁護人が上申書を 出します。検察は9月に公訴取り下げて、晴れて、おっちゃんの裁判は本当に 終わります。そして、おっちゃんは1999年12月にガンでなくなります。葬式は 守る会を中心に質素に行われたそうです。 ---------------------------------------------------------------------- では、また来週。今度こそ、運転免許裁判です。 ---------------------------------------------------------------------- このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 を利用して 発行しています。http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000038270) ---------------------------------------------------------------------- ■登録/解除の方法 メールマガジン「語ろうか、手話について」は、以下のURLよりいつでも 登録/解除可能です。 http://www.mag2.com/m/0000038270.htm http://www.rr.iij4u.or.jp/~tokudama/kataro/ ■バックナンバーの参照 http://www.rr.iij4u.or.jp/~tokudama/kataro/ http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000038270 ■掲示板 http://www64.tcup.com/6411/tokudama.html 補助的な情報を掲載しています。編集者への連絡はMailをお使い下さい。 ■苦情、文句、提案、意見など Subjectに[kataro]を入れて、以下のアドレスまでMailをお送り下さい。 個別には返事ができないかもしれませんので、ご了承下さい。 tokudama@rr.iij4u.or.jp ====================================================================== ○メールマガジン「語ろうか、手話について」(週1回以上 発行) 発行: 手話サークル活性化推進対策資料室 編集: 徳田昌晃 協力: 五里、おじゃまる子、くぅ(ヘッダ作成) 発行システム: インターネットの本屋さん『まぐまぐ』http://www.mag2.com/ マガジンID: 0000038270 ■意見、文句、提案、投稿は、居住都道府県名と氏名(匿名可)を添えて tokudama@rr.iij4u.or.jpまで送って下さい。 ■メールマガジン「語ろうか、手話について」は、著作権は徳田昌晃に所属し ますが、基本的には転載・複写自由です。有効にご活用下さい。 ======================================================================