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    メールマガジン 「語ろうか、手話について」

No. 51 Rev.1                                        2002年 5月29日発行
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  皆さん、こんにちは。いよいよワールドカップなるものが始まるそうです
が、いかがお過ごしでしょうか。私は、いまだにサッカー選手の名前も覚えら
れず、時代に取り残された感じです。

  先日、日聴紙に載っていた投稿で「主役級の登場人物が、最後になって耳が
聞こえないとわかる映画」があるそうなんですが、どなたか、この映画のタイ
トルを知りませんか? なんでも、耳が聞こえないと言うのが最後のどんでん返
しに使われているそうなので、映画の宣伝には耳のことは全然書いてないそう
なのです。ちょっと、気になる話題でした。

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  さて、今回は先週に引き続き、自然言語学から見た手話の2回目です。今日
の話は、計算機に手話を乗せる話です。

  計算機に乗せる、つまり扱えるようにするには、手話を記号化しなければな
りません。紙に書いてあるままでは、計算機で手話を処理できないからです。

  日本語も20年ちょい前までは計算機では扱えませんでした。日本語は文字が
あるのに、なんで扱えなかったのか不思議に思うかもしれませんが、昔は英語
しか使えなかったのです。それで、計算機内部で、日本語を英語と数字に置き
換えて表現することで、扱えるようにしました。そのおかけで、今ではE-Mail
やこのメルマガのように、日本語が使えるようになったわけです。手話を計算
機で使えるようになれば、E-Mailで手話を送ることも夢ではありません。テレ
ビ電話で手話が送れる、という意見もあるかと思いますが、記号化には記録す
るということにも関わってきますし、計算上での処理を考えるととても重要で
す。音声処理は大変ですが、文字はメールのように気軽に扱えますから。もし
手話が記号化されれば、今の日本語のように、気軽に扱えるようになるわけで
す。

  記号化のために、2つの方向が考えられます。記号を単純化して、その組み
合わせを手話に対応させるか、記号を複雑にしてでも手話との対応を単純にす
るかです。記号を単純にすると言うのは現実的にはABCのようなアルファベッ
トや数字を使うという方法です。もう一方の記号を複雑にすると言うのは、絵
文字、例えば、最近話題の「トンパ文字」のようなものを使って記述する方法
です。

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  先週説明したストーキーの表記法もサットン式表記法も、言うなれば絵文字
ですから、後者の方法を使えば、理屈としては記号化できます。この考え方で
やってみたのが工学院大学の長嶋先生による表記法です。「形態素モデル構造
記述」と呼ばれています。計算機に乗せるために専用のフォントを作って、そ
れで手話を記述してしまうのです。問題点は打ち込みも、読み方も異常に難し
いことです。数学の記号や点を多用しているのですが、キーボードから直接入
力できないので、大変です。さらにこの表記法は文字を書く枠内の点の位置に
よって手の位置を表記するということが、異様に入力を困難にしていました。
後々になって、ある会議の時、長嶋先生が、ふと「あれは難しい」とつぶやい
ていたのが印象的です。

  もう一つ、同じ考え方で突き進んだ表記法があります。一部でかなり有名な
ハムノーシス(HamNoSys)です。これは、あらゆる手の動きを表記できるフォン
トを作ってしまい、手話を表記しようと言うものです。あらゆる動きを考慮し
ているので、アメリカ手話でも日本手話でも、未知の手話でも表記できるとい
う利点があります。しかし、難点はフォントを計算機に移植しなければならな
いことです。今では一般に使われるパソコンの種類がWindowsとMacに絞られた
こともあって、その気になればフォントの入手は楽ですが、入力と読みが難し
いということには変わりありません。

ハムノーシスがどんなものかを見るなら、以下のページがわかりやすいでしょ
う。
  SignWriting Linguistics Forum
  http://www.signwriting.org/forums/linguistics/ling007.html

  ということで、手話との対応を単純化するために記号を複雑にする方向は、
あまり良い成果を残していません。

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  私が学生時代に選択したのは、もう一つの方法で、手話との対応が複雑に
なっても記号を単純化していく方向です。選択と言うより、こちらの方式の方
が有利だと最初から考えていました。それは、昔の全日ろう連の中級手話テキ
ストが頭に残っていたからです。あのテキストには手話を単語で羅列する表記
法が使われています。例えば

   私/昔/ろう/学校/通う

というような文です。この表記法はとても直感的に読みやすいことと、すでに
計算機で使われている日本語を使うので入力が容易であるという利点がありま
す。
  弱点は、この表記だけでは手話を完全に復元することができないことです。
先の例文を見てみれば、「通う」という手話単語は「男」を前後に動かすか「
女」を前後に動かすかの2通りが考えられますが、この表記だけではどちらか
わかりません。

  そこで「通う1」と「通う2」を作り、1を男に、2を女に対応させるというこ
とが考えられます。しかし、これを続けていくと、手話の場合、動詞では対応
する日本語が沢山あるということがあり、収拾がつかなくなります。例えば「
あがる」という日本語に対応する手話は「船からあがる」「緊張してあがる」
「部屋にあがる」など沢山の単語が対応します。これをいちいち「あがる1」
「あがる2」...とやっていてはきりがなくなってしまいます。

  しかし、私の場合、そこは割り切って考えました。私は言語処理の部分のみ
を研究したかったので、その対応づけは表記法をつくる、もしくは画像認識し
て手話を取り込む人が考えるとして、私はこの表記で手話が記述できたとした
ところを出発点としました。問題を先送りしたような感じですが、実際のとこ
ろ、全日ろう連のテキストでも使われている方法ですから、あまり問題になら
ないと考えました。

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  そうこうしているうちに、sIGNDEXというものをつくる動きが出てきます。
これは日本語を単なるラベルとして、それに対応する手話を定義していこうと
いうものです。まさに、私が採用した第2の方法を厳密化したものでした。こ
れは手話工学研究会というグループが中心に編纂されており、現在Version2が
CD-ROMとして配布されています。この中心人物が千葉大の市川先生、工学院大
の長嶋先生、そして中京大の神田先生、元筑波技短の加藤先生です。余談です
が、なんと2人も手話技能検定に関わっているんですよね。

  さて、このsIGNDEXについては、工学院大学の「sIGNDEX表記法」というペー
ジがお勧めです。なんといっても、本家ですから。
  http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~wwc1015/sIGNDEX/hyousi.html

このページに載っている例文から、sIGNDEXを説明します。「3時から会議が
あります。」という文は、sIGNDEXでは、次のようになるそうです。

日本語 : 3時から会議があります。
sIGNDEX: jIKOKU+eBU+cLD+eYB+sANN+mOS-SANN+kARA+hDN+mOS-KARA+
         kAIGI+mOS-KAIGI+aRU+hDN+mOS-ARU

sIGNDEXは文節ごとに分解されて表現されます。上の文はとても複雑なように
見えますが、実は次のように分解できます。

  jIKOKU +eBU+cLD+eYB
  sANN   +mOS-SANN
  kARA   +hDN +mOS-KARA
  kAIGI  +mOS-KAIGI
  aRU    +hDN +mOS-ARU

最初の部分が「時刻」「3」「から」「会議」「ある」という手話単語を意味
しています。そして、その後に続く部分が非手指動作を示しています。それぞ
れ意味は次の通りです。

  頷き        : hDN
  眉上げ      : eBU
  まばたき    : eYB
  口角 上げる : cLD
  発話        : mOS

この記号の対応を見ながらsIGNDEXを読んでいくと、例文は次のように解読で
きます。

  jIKOKU +eBU+cLD+eYB    -> 眉を上げながら、首を上向きにして、まばたき
                            をしながら、手話の「時刻」と表す。
  sANN   +mOS-SANN       -> 口話で「さん」と言いながら「3」を表す。
  kARA   +hDN +mOS-KARA  -> 口話で「から」と言いながら、うなずきをつけ
                            て、手話の「から」を表す。
  kAIGI  +mOS-KAIGI      -> 口話で「かいぎ」と言いながら、手話「会議」
                            を表す。
  aRU    +hDN +mOS-ARU   -> 口話で「ある」と言いながら、うなづきつつ、
                            手話の「ある」を表す。

記号から手話を復元する過程がおわかり頂けたでしょうか。これをざっくり簡
略化すれば、昔の全日ろう連の中級テキストのように

      時間/3/から/会議/ある

となります。

  私は研究を中断してしまいましたが、現状を見ていると、日立製作所の「マ
イムハンド」という手話をコンピュータグラフィックス(CG)で表示するソフト
も、後者の記号化方式をとっており、そのうちsIGNDEXに統合もしくはsIGNDEX
を包含するものが登場して、手話を計算機に乗せるという研究には決着がつく
のではないかと思います。計算機の性能が上がり、記号(ラベル)と手話の対応
関係を辞書データとして実装すればよいことがわかったことも、そう思う理由
の1つです。

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  ハムノーシスとsIGNDEXという2つの大きな流れを説明してきましたが、最近
になって別の流れがあることを発見しました。それは「舞踏符」というもので
す。これはダンスの動きを記号化する方法だそうです。ダンスは体の動きです
から手話にも応用できるのではないかと思うのは、当然の流れでしょう。
  私は2001年11月に、秋田の方である民族ダンスを記号化する研究をしている
というニュース記事を読んで、この舞踏符を知ったのですが、最近になって、
実際に手話に応用しようとした論文を発見しました。2000年当時、大阪大学言
語文化研究科に大学院生として在籍していた長谷川美穂氏が書いた論文で以下
のURLで、読むことができます。
  http://ultimavi.arc.net.my/banana/Workshop/Papers/3/hasegawa.doc

この論文では、舞踏符というものが、動きから余分なものをそぎ落としていく
ことで記号化する手法であることを示し、手話に同様の手法が使えないかを検
討しています。sIGNDEXもハムノーシスも記号化の一方で、手話の再現性にか
なり気を配っているのですが、舞踏符の研究からは、その過程で余分なものは
取り除いても大丈夫なんだ、ということが主張されています。これは私が簡略
化した表記法を使う上での理論的な裏付けになるのではないかと、かなり期待
しています。

  残念ながら、長谷川氏は現在、研究活動を休止しており、上記の論文も続き
が書けない状態だそうです。もし、興味のある人は、舞踏符からのアプローチ
も試してみてください。

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  ということで、記号化するには、余分な情報をそぎ落とすのが必要だと言う
ことは確かなようで、sIGNDEXでは非手指動作を分離しています。が、舞踏符
の考え方からすると、単純に手指動作か、非手指動作かだけでの分離よりもっ
と良い方法が見つかる可能性もあります。もちろん、それをsIGNDEXに応用し
ていくことは可能でしょう。また、計算機が高速化し、ハムノーシスが自由に
読み書きできる環境が整えば、それが普及する可能性もあります。ということ
で、手話の記号化や計算機に乗せる、扱う方法は、まだ研究途上にあります。
そこが研究途中なのに、この先の話ができるのか、という疑問もあるかと思い
ますが、私の場合、簡略化した表記方法で解析などをやりましたので、そのあ
たりの話をします。

  では、また来週。

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