___________________________________
pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_p


    メールマガジン 「語ろうか、手話について」

No. 56 Rev.1                                        2002年 5月15日発行
pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_pq_p
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  皆さん、こんにちは。
  なんともどんよりした天気が続く今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

  今週から、しばらく間が空いていた「自然言語処理学から見た手話」シリー
ズを復活して、なんとか7月前には完結するつもりです。7月に全通研学校が東
京と福岡でありますが、東京でのテーマが「言語学」なので、その予習のつも
りで読んでください。

  現在、「自然言語処理学から見た手話」は、その4で止まっていますが、だ
いたい6部構成になるのではないかと思います。その1が配信されたのが1年ほ
ど前なので、まずは再配信していきます。今日は、その前口上となる「No.56
言語学ミステリーツアー」の再配信です。前に配信したのが2001年8月なので
だいたい1年ぶり。たぶん、300人ぐらいの方は初めて読むのではないかと思い
ます。まずは、ウォーミングアップということで、気楽に読んでください。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

  「手話は言語である」というのが昔からの手話業界の主張です。

  なんで「手話は言語である」と主張してきたかと言えば、それが聾者の社会
的地位を認めさせる手段であったためです。聾者の母国語である手話を認めさ
せることができれば、聾者も一人前として認められるというわけです。その「
手話は言語」ということを認めさせるために、言語学を援用してきたという経
緯がありますが、今のところ、一般の人にしてみれば「わけがわからんけど、
手話は言語らしい。」という感じなのではないでしょうか。認められないより
はマシとは言え、少々残念な状況です。中身も理解して、言語であることを認
めて欲しいものです。

  でも、「言語とは何か?」と聞くと、あまりわかりやすい説明は戻ってきま
せん。こういう場合、辞書を引いてみたりしますけど、それが迷宮入りの始ま
りですね。辞書ってのは一般的に当たり障りのない単語で説明するものなので
深く知りたい時にはどうにもならず、広辞苑の説明を引用したりして、煙に巻
かれるのが関の山です。

  そこで、言語学の基本的な教科書の切り口から突っ込んでいきます。

----------------------------------------------------------------------

  言語とは何か?

  その直接の定義は他の本に任せるとして、言語には「意思の伝達」「記録」
「思考の道具」の3つの役割があると考えられます。

  「意思の伝達」とは、気持ちを他の人に伝えること。自分の気持ちは誰にも
わからないし、相手の気持ちは推測するしかありません。言語(こういう時は
「言葉」という方がピンときますが)を使えば、その気持ちを伝えることがで
きます。依頼、命令、意見、感想などなど、色々な気持ちを伝えることができ
るのは言語のおかげです。

  「記録」とは、出来事や現象を後世に残すこと。正確には文字があるという
意味です。文字があったために、我々は枕草子などの文芸作品から平安時代の
貴族の生活様式を知ることができます。太平洋戦争の複雑な政治状況も防衛庁
やアメリカの公文書館などに収められている資料から知ることができます。逆
に文字がなかったために、インカ帝国の形態は全くわかりません。

  「思考の道具」とは、頭の中で考えること。これが最も重要でしょう。日本
人である我々は、頭の中で何か考える時に日本語を使います。正確には日本語
の音声です。声に出さずとも、「今日の晩ご飯は何にしよう? 鱧がおいしい季
節だけど、鰻もいいな」と考えることができます。言葉を抜きに考えることが
できますか? できるのは直感や本能と呼ばれるものぐらいでしょう。言葉がな
ければ、今日の晩ご飯を考えることさえできません。

  その言語を解明するのが言語学なわけです。「解明」ということを具体的に
言えば、「特徴」を述べたり、「差異」を示すことだと言えます。

----------------------------------------------------------------------

  特徴を述べるのは難しいので、「差異」の話をします。

  「差異」とは他とは違うということ。世界には200以上の異なる言語がある
という説があるそうです。ある言葉AとBが違うというのは、文字や音声が違う
ので、異なる言語というわけです。もっとも、これも数え方や考え方によるら
しく、日本語と言っても、4つぐらいに分割されてしまう説もあるそうなので
ここでは、かなりおおざっぱな説をとり、日本語は1つ、主に東京で話されて
いる言葉を扱うことにします。(だって、沖縄弁なんて全然わかりませんから)

  では、日本語とは何か?

  改めて考えると、なかなかこれは難しいです。見た目や聞いただけで違う言
語というのは判断できません。

  例えば、女子高生言葉は違う言語といえるのでしょうか?
  「れはぺあって超だるー」

  では、学術用語は?
  「リテラルpによる手続き述語Pが成立する場合、アブダクションはfを導出
    する」

  手旗というものがあります。これは音声がありません。でも、日本語のカタ
カナなんです。
  「 シキュウ キョウジョネガウ ケガヒトリ」

  英文字は日本にはなかったものですが、ローマ字というものがあります。
  「Kyoto niha Kinkakugi ga arimasu」

  どれも日本語なんですよ。かなりずるい比較ですけどね。意味がわからない
ものもあるかもしれませんけど、日本語です。
  その一方で、次の文はとても簡単なわかりやすい文ですが、英語です。

  That is Kinkakugi!

  つまり、ある言語が成り立つためには、表現よりも構造や語彙が持つ意味の
方が重視されるわけです。

----------------------------------------------------------------------

  もう一つの言語の特徴を説明するのは、今の私の力量に余るので、ばっさり
省略します。

  では、今から、その言語を研究している言語学について、幅広く見ていきま
す。つまり、目次と表題だけを見て、その全貌を眺めることで、言語学につい
て、そして対象となる言語について把握したいと思います。

  とりあえず、自分の本棚から言語学の初歩を紹介した本を3冊ほど持ってき
てみました。
  1.「改訂新版 入門言語学」金星堂
        ジーン・エイチソン著 / 田中春美,田中幸子,若月剛訳
  2.「言語の科学入門」岩波書店, 言語の科学シリーズ1
        松本裕治、今井邦彦、田窪行則、橋田浩一、郡司隆男 著
  3.「言語」認知心理学3 東京大学出版
        大津由紀雄編

  1は伝統的な言語学だとは思うのですが、どの程度良い本かは私にはよくわ
かりません。1は私の専門としていた自然言語処理の人が多く執筆している本
で私は読みやすいのですが、あまり言語学の本流ではないかもしれません。3
は認知心理学というシリーズの1つなので、だいぶ偏っていることは確かなん
ですが、かなり面白く読んだのでとりあげました。

  3を除いて最初の章に「言語とは何か」や「言語学とは何か」といったこと
が述べられています。すでにこの部分から、それぞれの本の主張があったりし
て、混乱してしまいます。逆に、だから面白いとも言えます。1では、言語学
の基礎を音声学として、音韻論、統語論、意味論、語用論があり、その応用と
して社会言語学、心理言語学、人類学的言語学、哲学的言語学、文体論、コン
ピュータ言語学、応用言語学があると言っています。2は、最初の36ページあ
たりで記号論理学が出てきているところから、コンピュータ言語学を重要な切
り口として述べていきます。1では応用としている分野から眺めているわけで
す。3は心理学が基礎です。つまり、言語のとらえ方は、色々な方向からアプ
ローチできると言えそうです。

----------------------------------------------------------------------

  では、1の文献から順番に見ていきましょう。基礎となっているのは音声学
とのことです。これは、音のパターンです。「あ」を「あ」と発音すること。
英語ならば「a」を「えー」とか「えい」と発音することです。このような音
を識別していくことが音声学です。日本語では文字の綴りと発音がほとんど同
じ(例外的に「がっこうへ」の「へ」などがあります)なので、あまり気になり
ませんが、英語の場合はこのあたりが大変です。ですから、英語の場合、音韻
論という分野が発達しています。でも、日本語は「あ」を「あ」以外には発音
しませんから、音声学の分野はそれほど研究されていません。このあたりを研
究しているのは主に方言の専門家ですね。
  さて、手話の場合は、手の形や動きの識別が音声に該当するでしょう。あと
表情がこれに該当するのかどうかとか、指さしは何種類あるのかというのが、
関係していると思います。

  次が音韻論です。これは音声を組み合わせて、ある程度まとまりのある状態
になったものを論じる学問です。英語だと、thinとthenのthの発音が違うとか
で大問題になるのですが、日本語はあまり目立ちませんね。というか気にしま
せん。手話ではどうか言えば、さきほどの音声学とひっくるめて、研究されて
いるように思います。別に分類することに意味があるわけでないので、手の形
が音声論なのか、音韻論なのかはどうでもいいことですが、とにかく、このよ
うに形を分解して、最も細かい要素を研究する部分を音声学、または音韻論と
呼んでいます。
  手話の研究と呼ばれるものを見ていると、ほとんどはこの音韻論や音声論の
話が多いように感じます。例えば、皆さんが手話の勉強をするに時に、「今の
表現は指が1本か、2本か」「手の向きは前か、横か」なんて気にするのは、ま
さに、この音韻論に関係してきます。

  次が1の文献では統語論とのことですが、これは単語を組み合わせて構文と
いうものを作るまでの話です。構文とは、文の組み立て。主語や述語、それが
修飾語とどういう順番で出てくるのかを研究する学問です。自然言語処理では
この部分が形態素解析と構文解析と係り受け解析に分割されているのですが、
これは日本語という特性が絡んでいるからかもしれません。英語は元々単語ご
とに空白で分離していますが、日本語は連続しています。ですから、文を入力
されたら形態素という単位に分割し、それを単語にまとめ、最終的に構文の状
態に組み上げます。たぶん、手話は連続していますから、形態素の分割からや
らざるをえないでしょう。

  再び1の文献に話を戻します。次が意味論。これは単語の意味を論じる学問
です。意味? すごく簡単そうですが、そうでもありません。例えば「頭」とい
う単語にはいくつかの意味があります。()には例文を示します。

  - 人間の頭部という意味         (頭に傷がある)
  - 何かの働きの中心物という意味 (働き頭)
  - 先頭という意味               (頭から順番にバスに乗ってください)
  - 脳の働きという意味           (彼は頭がいい)
  - 心の意味                     (仕事が頭から離れない)

などなど。つまり、表現は同じでも、意味するところが全然違うわけです。こ
れを詳細に調べていくのが意味論です。(私はこのあたりを研究していたので
もっと言いたいことがあるのですが、それを話していると脇道にそれっぱなし
になるので、ここでは簡単にします。)
  手話でこれを示している文献が、全日ろう連発行の「日本語-手話辞典」で
す。あの辞典は、語数は少ないものの、とても学術的に興味深いものです。

  そして語用論。これは意味の使い方です。次の文の「倒れる」は意味が異な
ることがわかりますか?

  a. 強い台風で、学校が倒れる
  b. 経営が行き詰まり、学校が倒れる

a.の「倒れる」は校舎がバタンガラガラと物理的に倒れる意味で、b.の「倒れ
る」は経営難で学校が閉鎖される意味です。このように文の中で単語の使い方
が異なることを語用論では研究します。

  どうでしょう? ざっと見てきましたが、言語学はかなり段階的な積み重ねで
うまい具合に言語をとらえようとしていると思いませんか。そして、手話の場
合の言語学を振り返った場合、私は、統語論以降話が少ないように感じます。
言語学では、すでにこのように積み重ねにより言語を解析することで、言語を
解明するのが良さそうだということがわかっているわけです。この手法を学ん
でみれば、手話をよりよく知ることができそうです。

----------------------------------------------------------------------

  2の文献では、以上の研究の方法を基礎と位置づけながらも、少し別の視点
から言語学を解説しています。
  まず次の3つの方法論を紹介しています。
    - 比較言語学
    - 構造言語学
    - 生成文法

  比較言語学とは、ある言語と別の言語の違いから、言語というものを研究す
るものです。比較の対象はあらゆるレベルで考えられます。発音、構文、そし
て意味。例えば発音の例として、東京の言葉と沖縄の首里の言葉では「海苔」
の発音が「nori」と「nui」、「瓜」は「uri」と「ui」、「埃」は「hokori」
と「hokui」というように違うそうです。となると、東京言葉の「り」は、首
里言葉では「い」になるようだということがわかります。これは大量の言葉を
比較することで法則を発見するわけです。
  このようにして、構文を比較すれば英語は「SVO」で、日本語は「SOV」とい
う構造を持つと言うこともわかるはずです。違いを見ることで、ある言語の姿
を明らかにしてゆく、これが比較言語学です。

  次の構造言語学は、私自身いまいちわかっていないのですが、対象となる言
語内のパーツを直接区別していく方法のようです。例えば、日本語の「あかさ
たなはまやらわ」は、口形だけ見れば同じわけですが、舌の形は違うわけで、
そのために音が違ってきます。これは比較なんじゃないかと私は思うのですが
「区別」なんだそうです。

  それに対して生成文法は突き抜けて変わっています。比較言語学にしても構
造言語学にしても、比べることから始まっていますが、生成文法は1つのある
文法構造があるとして、全ての言語はその表層への変換でなんとかなるという
話です。チョムスキーという人が提唱しているのですが、英語圏の人だから考
えつくような理論という気がします。

  2の文献では、さらに別の見方を紹介しています。それが3章の「言語への情
報科学的アプローチ」で、ここに自然言語処理が解説されています。短く言え
ば、上述の手法をコンピュータ(計算機)で処理して、言語を研究していこう、
という方法です。詳しくは、近いうちに再開する「自然言語処理学から見た手
話」シリーズをご覧下さい。

----------------------------------------------------------------------

  最後の3の文献は、認知心理学から見た言語ですが、目次を見るだけで他の
文献と似たり寄ったりの内容が並んでいます。リンゴはどこから見てもリンゴ
であるように、言語もどの方面から見ても言語というあるまとまるがあるので
はないかと思います。

  ということで、目次を列挙します。
   1章 言語の知識
   2章 音韻部門と統語部門・意味部門のインタフェイス
   3章 語彙の発達
   4章 文法の獲得
   5章 文法の障害
   6章 音声の知覚
   7章 統語解析
   8章 文の理解
   9章 談話過程
  10章 読みの過程の普遍性と言語特異性
  11章 認知と意味
  12章 言語と思考
  13章 自然言語処理

  心理学から見た言語なので、「獲得」とか「理解」という項目がありますが
最初の章から段階を追って、音声・文字から意味へ積み重なっていることがわ
かります。

----------------------------------------------------------------------

  ざっと言語学について見てきました。いかがでしたか?

  では、また来週。

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 を利用して
発行しています。http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000038270)
----------------------------------------------------------------------
■登録/解除の方法
  メールマガジン「語ろうか、手話について」は、以下のURLよりいつでも
  登録/解除可能です。
    http://www.mag2.com/m/0000038270.htm
    http://www.rr.iij4u.or.jp/~tokudama/kataro/
■バックナンバーの参照
    http://www.rr.iij4u.or.jp/~tokudama/kataro/
    http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000038270
■掲示板
    http://www64.tcup.com/6411/tokudama.html
    補助的な情報を掲載しています。編集者への連絡はMailをお使い下さい。
■苦情、文句、提案、意見など
    Subjectに[kataro]を入れて、以下のアドレスまでMailをお送り下さい。
    個別には返事ができないかもしれませんので、ご了承下さい。
      tokudama@rr.iij4u.or.jp
======================================================================
○メールマガジン「語ろうか、手話について」(週1回以上 発行)

発行: 手話サークル活性化推進対策資料室
編集: 徳田昌晃
協力: 五里、おじゃまる子、くぅ(ヘッダ作成)
発行システム: インターネットの本屋さん『まぐまぐ』http://www.mag2.com/
マガジンID: 0000038270

■意見、文句、提案、投稿は、居住都道府県名と氏名(匿名可)を添えて
  tokudama@rr.iij4u.or.jpまで送って下さい。
■メールマガジン「語ろうか、手話について」は、著作権は徳田昌晃に所属し
  ますが、基本的には転載・複写自由です。有効にご活用下さい。
======================================================================