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No. 87                                              2002年11月13日発行
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ

  皆さん、こんにちは。
  最近は...というほど発行していないのですが...発行すると読者数が減る今
日この頃です。いえ、別に読者数を増やすためにやっていることでもないので
すが、数字が増えるとなんとなく嬉しいものです。

  パソコン要約筆記ばかりやっていたら、すっかり手話から遠ざかってしまい
もう、日本語対応手話云々というややこしい話は書けないなぁ、と思いつつ、
リハビリのように本を読んでいます。その中から日本語習得についての本が面
白かったので、それを元に約2ヶ月ぶりの新作です。

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  今回のテーマは「ナチュラルアプローチ」です。少し前、場所によっては今
でも大ブームを巻き起こしている手話の指導方法です。手話の勉強というと、
30人ぐらいのクラスでテキストに沿って指文字や単語から始まって、自己紹介
をやって、簡単な会話文を練習してと言うような昔からの伝統的な手話講習会
がすぐに思いつくところです。そういう勉強方法の不満などはNo.14などあち
こちで述べたことがありますが、今回取り上げる「ナチュラルアプローチ」は
そのような従来の講習会とは違った方法で、手話を教える方法です。直接関係
あるのは先生側の人なのですが、逆の立場から見れば、勉強方法にもなります
ので、手話をこれから学び始める人にも面白いテーマなのではないかと思いま
す。

  さて、この「ナチュラルアプローチ(以下「NA」と略します)」、現在、最も
有用と言われている検索サイト「Google (http://www.google.co.jp)」で「ナ
チュラルアプローチ」を検索してみると、上位のほとんどは、手話でのNAがあ
がってきます。言葉の教育方法ですから、英語などでも使われてはいるようで
すが、際立って手話の世界でブームになっているというのは私の偏見というわ
けでもなさそうです。

  私自身は6年ぐらい前からNAについて、色々と噂話を聞いていて、なんか胡
散臭そうな印象を持っていたのですが、具体的な方法をよく知りませんので、
その真贋がわからずにいました。それがつい先日、古本屋をフラフラしていて
発見したのが次の本です。まさに運命の巡り合わせ。こんな本を半額で手に入
れたなんて、私の3年分の運を使い果たしてしまったように思います。
、
  今回は、この本をガイドにNAが手話の世界で有用かどうかを見ていきます。

  参考文献
    日本語教育に生かす第二言語習得研究
      迫田久美子 著 / アルク刊 / 2800円+税
    http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30934893

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  私の漠然とした印象では、NAとは「手話だけで手話を教える方法」と思われ
るように感じています。
  伝統的な手話講習会では、通訳をつけて、テキストの文章を表現するという
ように、通訳は日本語を話すし、文章は日本語文というように、日本語がどこ
かに介在するわけですが、NAではそれが全くないという点で、すごい違いがあ
ります。逆にそれだけを特徴と思って「手話だけでやればNA」と考えている人
もいるように思います。ある種、手話サークルが単なる雑談の場となるのを避
けるために、声を出さないようにする、というやり方にもつながると思うので
すが、とにかく日本語を声に出さず、ろう者が手話だけで教えればNAという方
法になって、手話がうまくなる、というような幻想があるような気がします。

  そう、幻想なんです。私も参考文献を読んでわかったのですが、NAとはそん
な簡単なものではありませんでした。もっとも、幻想が生まれる理由もわかり
ます。従来の方法では、なかなか手話が上達しない、なら、なにか悪い点があ
るはずだ、それは声を出すことだ、というようなことなのではないかと。

  ちょっと話が逸れました。今回の本題のNAについて、まずは、その理屈を見
ていきます。

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  NAというのは、第二言語習得の研究、つまり外国語を身につける過程を明ら
かにする研究の中で、「モニターモデル」という流派から登場したのだそうで
す。モニターモデルはクラッシェンという人が唱える、次の5つの仮説を基盤
とします。

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  Krashenの5つの仮説 (1970年代に発表されています)

  1. 習得-学習仮説
  Krashenは、「習得」とは赤ちゃんが言葉を覚えるように無意識に覚えて
  いくことで、「学習」とは学校で文法を学ぶように意識的に覚えていくこ
  とだと分類しました。そして、この2つはお互いに影響しないと考えまし
  た。ちょっとややこしいのですが、意識的に学んだことは、無意識には使
  えないという仮説です。

  2. 自然順序性仮説
  どんな国の人でも、ある外国語を学んだら、その外国語には普遍的な法則、
  例えば順序があるとする仮説です。日本人の英語も、ドイツ人の英語も単
  語の順番は同じになるだろ、という仮説です。

  3. モニター仮説
  これが5つの仮説の肝の部分です。
  十分な時間があれば、「学習」した内容は言語の使い方に影響を与えると
  いう仮説です。1番目の仮説で述べたような文法の学習も、余裕があれば
  きちんと言葉をしゃべるのに役立つというわけです。例えば、就職の面接
  では学校で教わった敬語の用法を思い出しながら、丁寧な日本語を話そう
  とします。これは自分の学習した知識を言葉の使い方に反映させていると
  いうことになります。

  4. インプット仮説
  学習する言葉が、受け手が理解できるレベルで、十分な量が与えられる必
  要があるという仮説、と言うより、そうすべきという話です。最初は簡単
  な文から始めて、だんだんと複雑な文、長い文、難しい単語を含めた文に
  していくほうがいいというわけです。

  5. 情意フィルター仮説
  なんか難しい言葉で煙に巻かれそうですが、単純に言えば、学習者にプ
  レッシャーを与えないようにすべき、ということです。緊張していたら、
  うまく話せるものも、話せなくなるので、リラックスさせようという話で
  す。
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以上、5つの仮説をKrashenという人は発表して、これを元に考え出されたのが
「ナチュラルアプローチ」なのだそうです。これらは、仮説というより、こう
すべきという指摘項目を含んでいるようなものもありますが、細かいことはさ
ておき、そのNAとは、どんなものかを見ていきましょう。

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  具体的なNAとして、ここで市田・木村先生の論文からNAで教授するときの
チェックリストを見てみましょう。この通りにやれば、NAになるはずです。

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  http://jsl.gn.to/data/works/jjsl14-2-55.htm
  「手話教育におけるナチュラル・アプローチ」
   (市田 泰弘・木村 晴美/手話学研究 第14巻 第2号, 55-59, 1998年)から

  【ナチュラル・アプローチのチェック・リスト】
                                 (T. Terrell, 1986を修正)

  1. 教師は目標言語だけで話している。

  2. 学習者は目標言語の母語話者とコミュニケーションできるようになる
     と確信している。

  3. 学習者は目標言語によるコミュニケーション技能の習得は難しくない
     と思っている。

  4. 教師は習得活動と学習活動のバランスをうまくとっている。

  5. 初心者は習得の3つの段階を経て自然にすすんでいくことが許されてい
     る。
     -----------------------------------------------------------
     徳田注: 3つの段階とは理解段階、発話初期段階、発話現出段階と
             いうもので、簡単に説明すれば次のようになる。
       理解段階: 単語の意味が理解できる。聞いた事に対して、なん
                 となく反応する。
       発話初期段階: Yes/No疑問文や簡単な質問文に答えられる。
       発話現出段階: 対話ができるようになる。
     -----------------------------------------------------------

  6. 教師は学習者の表出の誤りにでなくメッセージに反応している。

  7. 学習者の誤りは言語習得の通常の過程として許容されている。不完全
     な発話や誤りは教師によって自然に拡張修正されている。

  8. 学習者はメッセージをうまく伝え合う能力にもとづいて評価されてい
     る。

  9. 学習者は不安の少ないコミュニケーションの文脈の中で発話する機会
     を十分に与えられている。
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なんか難しいですね。参考文献によると、ポイントは次の6つだそうです。

  ------------------------------------------------------------------
  1. 学習内容が理解可能である
  2. 学習内容が学習者にとって関連があり、興味深い。
  3. 文法的に配列されていない
  4. 学習者に十分な量の言語情報を与える。
  5. 情意フィルターが下がっている。
  6. コミュニケーションのための会話のストラテジーを与える。
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  だいぶわかりやすくなりましたが、少し解説が必要そうです。ちょっと長く
なりそうなので、NAに関する私の感想を含めて、締めくくりは次回にします。

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  ところで、今週末は全通研関東ブロック・手話通訳問題研究討論集会開催で
す。久しぶりに集会らしいものに参加しますので、何か意見とか文句のある人
は、是非、直接お話ください。

  一応、次の配信は来週を予定していますが、実は締めくくりの部分に迷いが
出てきており、しかも、今週末は栃木で盛りあがっているような感じなので、
もしかすると、次回の配信は再来週になるかもしれません。その時はごめんな
さいです。

  ではでは。

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